最高裁判所第二小法廷 昭和52年(オ)1379号 判決 1978年7月17日
上告人
名古屋市
右代表者
本山政雄
右訴訟代理人
鈴木匡
大場民男
右鈴木匡訴訟代理人
山本一道
外二名
被上告人
林盛行
右訴訟代理人
鶴見恒夫
樋口明
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
被上告人は上告人に対し金二七〇万九七六六円及びこれに対する昭和五二年一〇月五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
前項に関する裁判の費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人鈴木匡、同大場民男、同山本一道、同鈴木順二、同伊藤好之の上告理由第一点について。
本件火災は第一次出火の際の残り火が再燃して発生したものである旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
原判決は、本件火災は第一次出火の際の残り火が再燃して発生したものであるが、上告人の職員である消防署職員の消火活動について失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)は適用されず、第一次出火の消火活動に出動した消防署職員に残り火の点検、再出火の危険回避を怠つた過失がある以上、上告人は被上告人に対し国家賠償法一条一項により損害を賠償する義務があるとし、被上告人の請求のうち一部を認容した。
思うに、国又は公共団体の損害賠償の責任について、国家賠償法四条は、同法一条一項の規定が適用される場合においても、民法の規定が補充的に適用されることを明らかにしているところ、失火責任法は、失火者の責任条件についで民法七〇九条の特則を規定したものであるから、国家賠償法四条の「民法」に含まれると解するのが相当である。また、失火責任法の趣旨にかんがみても、公権力の行使にあたる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任についてのみ同法の適用を排除すべき合理的理由も存しない。したがつて、公権力の行使にあたる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、国家賠償法四条により失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失のあることを必要とするものといわなければならない。
しかるに、本件において、消防署職員の重大な過失の有無を判断することなく、被上告人の請求の一部を認容した原判決には、法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして更に消防署職員の重大な過失の有無につき審理を尽くす必要があるので、右部分を原審に差し戻すこととする。
上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立について
上告人が右申立の理由として主張する事実関係は、被上告人の認めるところである。そして原判決中上告人敗訴部分が破棄を免れないことは前説示のとおりであるから、原判決に付された仮執行宣言がその効力を失うことは、論をまたない。したがつて、右仮執行宣言に基づいて給付した金員及びこれに対する右支払の日から完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の支払を求める上告人の申立は、これを正当として認容しなければならない。
よつて、民訴法四〇七条、一九八条二項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(栗本一夫 大塚喜一郎 吉田豊 本林譲)
上告代理人鈴木匡、同大場民男、同山本一道、同鈴木順二、同伊藤好之の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈あるいは適用の誤まりがある。
すなわち、失火責任法の適用の有無について、原判決は失火責任法の立法趣旨からして、消防職員の消火活動にからむ国家賠償事件には失火責任法の適用がないとしているが、これは、明らかに法令の適用あるいは解釈を誤まつた違法がある。
一、国家賠償法と失火の責任に関する法律の関係
1 国家賠償法第四条中の「前三条の規定によるの外、民法の規定による。」の意義については、一般に
① 国および公共団体の公権力の行使にあたる公務員が職務の執行にあたり、故意又は過失により第三者に損害を与えた場合および公の営造物の設置又は管理の瑕疵により第三者に損害を与えた場合の各損害賠償責任については、国家賠償法第一条ないし第三条によるのほか、民法不法行為の規定が、その補充として適用されることを定めるとともに、
② 国および公共団体の私経済作用における不法行為責任について、民法不法行為の規定が適用されることを宣言したものである。
とされている。(古崎国賠法二四〇頁、乾昭三注民(19)四二九頁、今村国家補償法八七・一二六頁、田中二郎行政上の損害賠償及び損失補償一六五頁など)
失火責任法は、民法の附属法規であるから民法が適用されるからには、失火責任法も当然適用されることとなる。この場合、国家賠償法第四条ではなく第五条によるとの説もあるが、いずれにしても、国家賠償事件に失火責任法が適用されることについては、変わりはない。
2 類似事件の判例 右の点についての最高裁判決は、未だないが、国家賠償法第一条第一項と同趣旨の民法第七一五条と失火責任法の関係について、判例は「被用者に故意又は重過失がなければ使用者に責任を問うことはできない。」としている(大刑判大正四年一月三〇日刑録二一・五八)。
3 原判決が失火責任法の適用を否定したのは誤まりである。原判決は、失火責任法の適用範囲をその立法趣旨から押し進め、本件のような消防職員の消火活動にからむ国家賠償事件には、失火責任法の適用がないとするが、その理由づけが、はつきりしないし、納得できない。
① まず、国家賠償事件一般に失火責任法の適用がないというならば、それは、結局のところ失火責任法は、私人の失火責任の軽減を目的とするもので、国および公共団体には適用がないということになろうが、それは、本件第一審判決(名古屋地裁の判決)も述べているように、国および公共団体の財政収入は、主として国民や住民の税金により賄われており、その支出は、結局のところ、国民の負担に帰するのであるから、国および公共団体の財政負担は、私人の負担と本質的に、何ら相違がなく、また、財政規模が大きいことを理由に失火責任法を適用すべきでないというのであれば、私人の失火の場合においても、大企業や高額所得者に対しては、失火責任法を適用すべきでないということになるし、かかる意見が認め得られないことは明らかである。
② また、消防職員の過失だけに、失火責任法の適用かないというのであれば、失火責任法その他関係諸法に消防職員の過失を除外する規定はないのであるから、これを、他の公務員の過失の場合と区別することは、できないこと明らかである。なお、原判決がいうところの「消防職員の消火活動には高度の注意義務が課せられる」(原判決第二〇丁裏)かどうかということは、失火責任法の適用を左右する理由にはならないと思われる。
二、結論(本件においても失火責任法の適用がある。)。したがつて、本件においても、失火責任法の適用があり、消防職員に「故意又は重大な過失」がないかぎり、上告人の国家賠償法第一条第一項の責任は生じない。
原判決も本件消防職員に「故意又は重大な過失」がなかつたことは認めており、したがつて、上告人の国家賠償法上の責任は、存在しない。